横浜市へのIR誘致をめぐり、その賛否を問う住民投票をおこなうための条例制定を求めた署名活動。2020年9月から11月の間に「カジノの是非を決める横浜市民の会」によっておこなわれ、約19万3000筆が有効とされた。
結果として条例案は横浜市議会で否決されたが、その活動が大きな注目を浴びたことは、記憶に新しい。
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住民の意見を聞くために集められた膨大な署名だが、本誌の取材で明らかになったのは、その一部が立憲民主党に所属し、衆院選に出馬中の篠原豪氏の事務所で、不正に利用されていたという事実だった――。
篠原氏は当選2回。横浜市議を経て2014年に維新の党より出馬し、自民党所属の松本純氏に敗れたものの、比例復活当選。2017年には立憲民主党より出馬したが、このときも松本氏の後塵を拝し、比例での当選となっている。
しかし、今回は松本氏が緊急事態宣言下での銀座クラブ通いを報じられ、自民党を離党。無所属での出馬となっているため、篠原氏に追い風が吹いているのだが……。篠原氏の元秘書が語る。
「神奈川1区、元衆議院議員の篠原豪氏が署名を目的外利用していたのです。今回の活動にのみ使用すると明記して集めていた署名ですが、そこに記載された住所などの控えを秘書に作成させていました」
事態が発覚したのは、署名活動後に篠原氏が署名者に出した手紙が発端だったという。
「篠原氏は署名活動後、多数の署名者にお礼状を出しています。中身は『皆さんのご協力で19万何筆署名をいただきました。この民意を反映させるべく頑張ってまいります』というような内容です。
署名活動後の年明け、篠原氏の事務所からお礼状が届いたある方から、抗議の手紙が届きました。『篠原の事務所からこんなものが届いた。自分は篠原の支援者でもないし、自分の家に届くのはおかしい。署名簿を流用したのではないか』と。署名簿は、活動後は使用しないという趣旨が明記されていましたから、これは当然のことです」(前出・元秘書)
抗議を受け、立憲民主党内では、議員が直接足を運んでの謝罪にまで事態は大きくなった。
「しかし、謝罪に出向いたのは篠原議員ではなく、真山勇一参議院議員でした。というのも、抗議をした署名者は、真山議員のもとで署名をしていたからです。抗議の手紙も、この真山事務所に届きました。
真山議員は、選挙区の都合上、横浜市全域で署名活動をしていました。ただし、選管に提出する際には、各区ごとに提出をしなければいけませんから、真山議員が集めた署名は、各区を担当する衆議院議員に分配されました。篠原氏は、真山議員から渡された名簿も、秘書に打ち込み作業をさせていたというわけです。
真山議員の管轄で署名した署名者に、篠原氏がお礼状を送ったことで、今回の不正利用とはなんの関係もない真山議員が謝罪に出向く事態にまでなってしまったのです」(同前)
署名簿を不正利用した篠原氏だが、そもそもこの署名活動は、住民投票の是非を問うものだ。当然、なかには立憲民主党を支持しない人も署名しているはずだが…。
「立憲民主党を支持していない層や、違反行為に厳しいと思われる人たちには、当然送れません。しかしそうしたことは篠原氏の頭にはなかったのか、彼から特に指示はなく、送付の段取りは秘書たちに丸投げされていました。
不正行為に加担したくはありませんでしたが、仕方なく秘書たちが対策を考えるはめになり、たとえば労働組合関係者は、『彼らは法令などには厳しいから』という理由で外しました。合計で全体の2割ほどが、名簿から消されました」(同前)
署名簿の目的外利用は明確に違反行為だが、篠原氏にはそうした認識がなかったのだろうか。
「署名簿をエクセルに打ち込む作業は、篠原氏の指示で署名活動中からおこなわれていました。活動中から、署名簿は保管して流用するつもりだったということです。お礼状を出す段になって、この違反行為はバレないのか心配になった秘書のひとりが篠原氏に確認したところ、篠原氏は『大丈夫だ』と答えました。
驚くべきはその自信の根拠です。篠原氏が見せた送付予定の挨拶文には、最後に『衆議院議員 篠原豪』と書くべき箇所から、『衆議院議員』の文字が消されていました。篠原氏は、『身分の記述は消した、だから大丈夫だ』と示したのです。
そんなぞんざいなやり方で違反行為がバレないはずがありません。話を聞いたときには、頭を抱えてしまいましたよ」(同前)
抗議をした署名者は、その後弁護士を通じて党本部に質問状を送ったという。それを受け党本部は、神奈川で署名活動をおこなった各議員事務所に対し、ヒアリングをおこなった。
「署名簿を不正に利用したのか、という事実確認の場で、篠原氏は『現在は事務所を退職した元秘書が、勝手にやったことだ』と回答しました。
署名簿を書き写し、ほかの用途に流用するという重大なことを、いち秘書が独断でやるなどということは、まずあり得ません。そのことは、議員であるなら誰でもわかることです。篠原氏が秘書に責任転嫁していることは、県連も本部もわかっているはずです」(同前)
しかしその後、篠原氏に処分が下ることはなかったという。
政治学者で日大法学部元教授の岩井奉信氏は、今回の事件をこう語る。
「関係者の指摘はもっともです。署名簿をほかの目的に使うことは個人情報を横流ししているわけですから、そうした個人情報保護に関する法や条例に抵触する可能性があります。
それ以前の問題として、モラルとして目的外利用は認められるわけがないので、そういう使い方をするのはどう考えてもおかしな話です。政治家にとって名簿は喉から手が出るほど欲しいものかもしれませんが、署名とは別の目的の政党活動や選挙活動の一環に使われるのはそもそもおかしな話で、やってはいけないことです」
食い違う関係者と篠原氏の証言だが、真相はどうなのか。街頭演説中の篠原氏を直撃した。
――署名簿を目的外利用したことについてお話を伺いたい。
「ちょっと書面でいただければと」
――本部のヒアリングに対して、篠原議員が「元秘書が勝手にやった」と答えたと聞いたが、事実か?
「党本部のヒアリングに対して、私が『元秘書が勝手にやった』と回答したのは事実か? という点は事実ではありません」
一方、篠原氏のとばっちりを受け、抗議者のもとへ謝罪のために足を運んだという立憲民主党の真山議員は、以下のように回答した。
「これはプライバシーの問題もあり、本当はあってはいけないことです。が、議員の宿命として、支持してくれる人、有権者を一人でも多く獲得したいという気持ちが動いてしまったのだろうと感じています。
私の事務所では署名簿はほかに利用していませんが、私のところで集めて篠原事務所に渡したぶんがこういう形で出てしまったというのは、本当に心外で、そういうことはあってはいけないと思います。
篠原事務所内のことはわかりませんが、この件は県連と篠原事務所のほうで実際はどうだったのかということを調べていただければと思っています」
その後、篠原氏の要望どおり「目的外利用をしたことは事実か」「その後のヒアリングで、秘書が勝手にやったことだという回答をしたのは事実か」という旨の質問状を篠原氏の事務所と立憲民主党本部へ送付したが、返ってきたのは予想外の返答だった。
篠原氏からの回答は「それぞれご指摘の事実はございません」。立憲民主党本部は「ご質問事項については事実確認を含め、個別に当該議員事務所において対応がなされるものと考えます」とするのみだった。
選挙中の篠原氏の事務所を訪れると、ポスターに書いてあったのは「まっとうな政治。 正々堂々と!」という文言だった。抗議者と元秘書からの憤りが晴れる日は来るのか――。